スタジオジブリの作品の中でも、『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)は独特の静けさを持つ映画だと感じる。これはメアリー・ノートンの『床下の小人たち』を原作とし、14歳の小人アリエッティと病弱な少年翔の、儚くも温かな出会いから始まる物語だ。あらすじは非常にシンプルで、アリエッティ一家が人間の家の床下にひっそりと暮らす中、禁忌とされる人間との接触をきっかけに、彼らの生活が揺らぎ始めるというもの。大きな事件は少なく、もし小人がいたらと想像したくなるようになっている。

本作がジブリの従来作品と異なる点は、大きく三つあります。第一に 世界観のおおきさ。『もののけ姫』や『ハウルの動く城』のような広大な世界設定や壮大なストーリーではなく、舞台はほぼ一軒家の内部と庭。視点が小人に寄せられることで、日常の風景が驚きと緊張に満ちた“冒険”へと変換されている。
第二に 宮崎駿監督ではなく、米林宏昌による長編監督デビュー作である点。宮崎作品の力強いメッセージ性よりも、米林監督特有の繊細な伝え方が前面に出ている。キャラクターの細やかな表情や、風が揺らす葉音までが、画面から静かに伝わってくるようだ。
第三に音楽のアプローチの違い。主題歌・劇伴を担当したのはフランス人アーティストのセシル・コルベル。ジブリ作品としては珍しいケルト音楽の響きが、作品全体に“異国の童話”のような空気をまとわせ、日本的な情緒が強かった従来のジブリとは明確に雰囲気が異なっている。

『借りぐらしのアリエッティ』は、一見控えめながら、ジブリの表現領域を新たに切り開いた作品と言えると思う。静かな余白や感情の揺らぎを味わいたい方に、ぜひ鑑賞してほしい。