くるりの14枚目のアルバム『感覚は道標』より先行配信された、新曲「In Your Life」。結成当時のメンバーである岸田繁、佐藤征史、そして脱退した森信行の3人で制作された21年ぶりの新曲である。トリオだった頃を知る往年のファンにはたまらないだろうな…と想像するものの、筆者は“あの頃のくるり”を知らない。くるりの音楽に触れた経験も数えられるほどしかない筆者にとって、この楽曲の第一印象は「歌詞の内容が入ってこなくて全体像を掴みにくい」というものだった。

 まず筆者が引っかかったのは、《スティーリー・ダン》や《ハーモニクスのパースペクティブ》、《ドライブイン》など、冒頭の歌詞に出てくる聴き馴染みのない単語たちである。1曲全体を通しても数えるほどしかない横文字が楽曲冒頭に集中していることもあり、この部分が少し浮いているように見えた。70〜80年代のアメリカのバンドであるスティーリー・ダンや、現在日本では減少しているドライブイン、また車でラジオを聴くという習慣など、節々から時代を感じる。冒頭の歌詞は、現代よりも数十年前の時代のことを歌っているように感じられた。
 また、《炭酸 口にほろ苦し》の直後にギターが加わるという音色の変化や、楽曲終盤の2:42で一瞬音が消える様子から、時間の流れの区切りを感じることができる。楽曲全体を通して展開の移り変わりが早いことや、ドアを開けるという内容が2度に渡って登場するなど、時系列的な繋がりを感じられない部分も多いことから、断片的な記憶がつぎはぎになっているような歌詞なのではないかと考えた。

 歌詞中の知らない単語を片っ端から調べていると、歌詞には現実とリンクしない点があるらしいことが分かった。この楽曲の歌詞には頻繁に《海》という単語が登場するが、楽曲冒頭の歌詞に登場する《国道20号》には、海に面している道がない。海を目指しているような歌詞なのに、歌詞に出てくる道路からは海が見えないという矛盾。この楽曲において登場する《海》は、言葉通りの意味ではなく抽象的な表現として用いられているのではないかと考えた。歌詞中に見られる《歩き出す》や《動き出す》、《走り出す》など、決断や新たな一歩を想起させるワードから、《海》という単語は目標やゴールの象徴を表しているのではないか。
 この楽曲には他にも、歌詞の区切り方によって歌詞の捉え方やニュアンスが変化したような捉え方ができる箇所がいくつかある。例えば、2番の歌詞《ああ 揺るがない》である。直前の《天気予報は晴れのち曇り》に対するものだとした場合、1番の歌詞に出てくる《煤けたような空模様》も踏まえ、この後も晴れないということが《揺るがない》という捉え方ができる。一方、直後の《道は確か》とセットだと考えた場合、目指す道が確かになり《揺るがない》ものになったという捉え方もできる。前後のどちらの繋がりに着目するかによって、《揺るがない》が持つ意味が真逆の印象へ変わってしまう。この楽曲の歌詞は、基本的に簡単でシンプルな言葉で構成されているが、その中に意味や印象に揺らぎのあるワードが隠されていることで、解釈の幅が広がっている。

 さらにこの楽曲の輪郭をぼやけさせている要因として、楽曲には一人称が全く登場せず、指示代名詞が多いという特徴が考えられる。国道20号をドライブしたり、海を目指して歩き出したりといった行動の主の存在が確かにそこにあるのに、一人称が出てこないためにその性別すら知ることができない。二人称に関しても、《君》が一度登場するのみである。歌詞の主人公に限らず、歌詞に登場する人物像に関する情報が一切描かれていない。また、楽曲終盤には《あの場所》、《あの頃》、《これ》など、楽曲冒頭の横文字にも負けないほどの指示代名詞が畳み掛けるように出てくる。歌詞の主人公の面影やその意思が感じ取りにくく、おまけに指示代名詞によって抽象度が高まり、聴き手にとって感情移入しづらい歌詞になっているのかもしれない。
 しかし歌詞を自分に当てはめてみると、《痺れるような出会い》を経験した《あの場所》から自分の転機となった高校や、大切なものを無くした《あの頃》として、学校に行けなくなりいろんなものが崩れた中学時代を思い出した。(よりにもよってドン底の記憶と結びついてしまったせいで、この楽曲が持つ爽やかさのノイズになってしまった気もするが)歌詞の主人公の姿が描かれていないことで、余計な情報抜きで等身大の自分を歌詞に投影しやすくすることに繋がっているのではないかと感じた。

 歌詞を理解しようとこの楽曲を何度も聴くうちに、聴けば聴くほど煮詰まっていき(いい意味で)、味わい深くなるような魅力が感じられるようになった。はじめは首を傾げるばかりだった歌詞も、魅力を引き出す良い材料になっているのではないかと思えてきた。この楽曲は、独特で抽象的な言葉や多様な解釈ができることによって、歌詞に自分を丸ごと当てはめて楽曲の世界に入り込みやすくなっているのではないだろうか。恋愛や青春など、明確な言葉で示された感情やシチュエーションに共感するのではなく、歌詞を作り上げる言葉一つ一つが鍵となって、聴き手の内側から引き出された記憶と結びつき、楽曲に対する思い入れが深まっていく。聴き手の存在そのままを穏やかに包み込んでくれる、そんな楽曲ではないかと感じた。(堀日向)