くるりの14枚目となるアルバム『感覚と道標』が10月4日に発売される。「東京 」や「ばらの花」を生み出した結成当時のメンバーである岸田繁、佐藤征史、森信行の3人が集結し、制作したアルバムとなっている。そんなアルバムに収録される新曲「In Your Life」が6月28日に先行配信された。これまでにリリースされてきた楽曲と重なる”くるりらしさ”を持ちつつ、どこか結成当時のくるりを感じられる懐かしさが引き出された”解放感”を持つ「In Your Life」の歌詞に注目したい。
私が初めて聴いたくるりの楽曲は「ばらの花」だった。それも授業で教授が流したイントロだけ。岸田が、私の通う京都精華大学の講師として勤めていることを知ったのも入学してからのことだった。もちろん大学内には、くるりのファンも多く、岸田が授業をしている姿を遠くから見守る生徒もいて、京都精華大学のmagi music studioでレコーディングをしているという話も聞いたことがあった。つまり、私はくるりにそこまでの関心がなく、楽曲を最初から最後まで聴くのも今回が初めてだったのだ。
初めて「In Your Life」を聴いたとき、歌詞は見ていなかった。なんとなく聞き取れる歌詞や中身がぎゅっと詰まっていない解放感のあるメロディから、夏のドライブにぴったりだなとそんなふうに思った。そして、歌詞を見てやっと「In Your Life」がくるりの決意表明であることに気づく。私はこの歌詞が、主人公が忘れてしまっていたモノや過去に失ってしまったモノを取り戻し、困難を乗り越え進んでいこうと決意する姿を描いているように感じた。本来であればずっしりと重たい決意の言葉もくるりの手にかかると、こんなにも突っかかることなくすっと耳に馴染む音楽になるのかととても驚いた。なかでも、そんなくるりらしさを表していると感じたのが《浜木綿の白さ 汚れなく 汚れないように》という歌詞である。
浜木綿は夏頃に海岸の砂地に咲く花で、夕方から花が開花し、真夜中に満開になる。晩夏を表す季語としても用いられる浜木綿の花言葉は”どこか遠くへ”と”汚れのない”。《浜木綿の白さ 汚れなく 汚れないように》といった歌詞は、花言葉である”汚れのない”と掛け、浜木綿の白さのように清らかでいたいという願いが込められているのではないだろうか。
ここで”浜木綿”というキーワードが、これまでのくるりの楽曲でも用いられていることに気づいた。1999年にリリースされたくるりのセカンドシングル「虹」である。この楽曲は岸田さん曰く、くるりを象徴する楽曲だといわれている。《船に灯をともし 浜木綿は揺れている 丘の向こうから君は僕を呼んでいる》という歌詞から「虹」では、浜木綿の持つもうひとつの花言葉”どこか遠くへ”が掛けられているのではないだろうか。船の灯と同じように浜木綿の白さは、どこか遠くから僕を呼ぶ君への目印にもなり、この”浜木綿”というキーワードは、二つの楽曲を結びつける目印となっている。
「In Your Life」を聴き深めていくうちに、過去にも6月に配信開始やリリースした楽曲があるのだろうかという興味から、私が知った楽曲が「忘れないように」だ。「忘れないように」は、2018年6月27日にリリースされたカセットシングルである。この楽曲は、デビュー当初にライブで披露したことのある楽曲が原型になっていて、タイトルも歌詞も楽器の弾き方も忘れていたそう。ドラムとピアノのレコーディングは、京都精華大学のmagi music studioで行われていて、これを知ったとき「忘れないように」が私とくるりを繋ぐきっかけになるのではないかと強い縁を感じた。”忘れないようにすること”と”忘れ去られないようにすること”そして、”揺らがないようにすること”をテーマに新たに書き直された歌詞は、「In Your Life」に比べて驚いてしまうほど具体的なものだった。
《久しぶりの駅前も ビルが立ち並ぶ 何気ない風景と思い出よ さらば》という歌詞から、昔住んでいた街に戻ってきて、なんとなく覚えていた風景はすっかり変わり果て、あったはずの思い出も思い出せなくなってしまった状況が浮かぶ。思い出せないのは自分が大人になったからだと気づき、薄れる記憶を思い出すことができない切なさやそれでも揺らがない想いを持ち続けたいという願いが「忘れないように」に描かれているのではないだろうか。込められた願いがストレートに落とし込まれた歌詞が曖昧さの回避につながり、私は具体的だと感じたのだろう。
「In Your Life」「虹」「忘れないように」いずれもデビュー当時のメンバーで制作されているという繋がりを持っている。どれを聴いても、誰もが持つ過去を思い出す淡い気持ちをくるりが思い出させてくれるだろう。古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンドくるり。私は「In Your Life」を聴いて、くるりの旅がまだまだ続いていくことを確信した。(植村美百合)